中道風迅洞さんの兎毫
都々逸といえば中道風迅洞さん、中道風迅洞さんといえば都々逸であり、俳句や詩、そうして書の人でもある。
わたしは今年の三月、カーラジオから流れてくるNHK「文芸選評 おりこみどどいつ」という番組を何気なく聴いていた。それは偶然にも風迅洞さんがこの番組の最終登板の日であった。
最初はただ何気なく聴いていたが、気づいてみると、わたしの全身は耳となっていた。それだけすばらしい最終登板のご挨拶であった。わたしは、後にも先にも、あんなにすばらしい心のこもった挨拶を聴いたことがない。
今、思い出したけれど、あのときには、思わずコンビニエンス・ストアーの駐車場に自動車をとめて風迅洞さんのお話しに聞き入ってしまったほどである(わたしはこの日、西へと向かって静岡県の藤枝市を走っていた。記憶とはすごいもので、どの曲がり角で風迅洞さんの声がはじめてわたしの耳に届いてきたのかもハッキリと覚えている)。
実は、そのときの様子をこの「脳内探訪」にアップしたところ、ある方を経由して風迅洞さんの目に直接触れるところとなり、この度大変に長いお手紙を頂いた。わたしは、その兎毫を何度も心のなかでなぞりながら、感動の第二波を抱きしめたのである。
『ひとり和讃』に収録されている「蛇」には、日本人の生活空間全体がみごとに描き出されている。そう、そこにあるのはリアリティである。関係という艶めかしさ、色と匂い、さまざまなものが折りたたまれている。
また、風迅洞さんは脳内探訪に書いたわたしの大変つたない文章を、通信「風のたより」にも転載してくださった。つたない文章、と当然のことを敢えて書いたのは以下の理由による。恥をしのんでURLを貼り付ける。
http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/784.html
これでわたしは「馬齢」という言葉を一生誤用することがなくなった。
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