平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

幼児向けのイベント二つと「左利き」

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このところ幼児向けのイベントに、立て続けに立ちあった。
一つは「コンソメWパンチ」http://cwp.cocolog-nifty.com/blog/
というボランティアグループが開催した「のびのびキッズママ」。
これは静岡英和学院大学の安田成希くんが中心となって活動しているグループで(まあ、ちょっと初々しさが残っているのが微笑ましい)、とにかく参加した幼児たちが、一時間を超える遊びに最後まで集中しているのだから、やっぱりすごい。少しずつ、細かな部分に改良を重ねてこんにちの方法が確立されているのだという。彼らの特徴は「音」にある。

もう一つが、静岡県男女共同参画センターが監修し、あざれあ交流会議グループが企画・編集・発行している冊子『ねっとわぁく』第54号発刊記念として企画した「パパも遊びで子育て参加」というイベントである(わたしは冊子『ねっとわぁく』の編集アドバイザー)。こちらは幼児向けといっても、意図的に子どもとパパという親子を対象としたイベント。
このイベントに全面協力してくれたのが「きのいい羊達」(代表のスッパマン先生こと磯谷仁さんはわたしの小学校・中学校の同級生)。http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/682.html
。参加者によるアンケートの99%が「大変満足だった」「満足だった」と記してくれた遊びの数々は、二時間近くほとんど休みもとらず、とにかくたたみ掛けるようにしておこなわれる。それらは単なる遊びに終わらず、その背景には運動神経の発達プログラムと生きる力の向上というプログラムが潜んでいる。とにかく厚みがあるのだ。プロのプランナーから見ても、人の動かし方のヒントが無数に散りばめられていた。とにかく圧巻である。勉強になった。改めてきのいい羊達の磯谷仁代表とスースー先生こと須田裕之氏には感謝申し上げる。

さて、このイベントに関係する「ある話」を忘れなうちに書いておきたい。といっても、一般の方が読んだだけでは、いまから書くことと、上に記した幼児向けのイベントとがどんなふうにつながっているのかは、全くわからないだろう。詳細は訳あってこの場では控えさせていただく。
まあ、このまま筆を進める。

記録に残る範囲でいえば、日本に最初にアルコールを持ち込んだのはフランシスコ・ザビエルで(チンタ酒=ワイン)、日本酒を最初に海外(ベネチア)へ持ち出したのはマルコ・ポーロだと何かで読んだ覚えがある。
へ〜、思っていたよりもそんなに大昔のことではないんですね。でも考えてみたら、遣隋使やら遣唐使の時代にも互いの国の酒が行き来しただろう(え、仏教の戒律では禁酒だから持ち込まれていないですって? まさか。  さらに思い出したけれど、最初に信長が世界地図が描かれた屏風の前でワインを飲んだという話。これもあやしいな〜。できすぎている)よってこのザビエル&ポーロ説はかなり眉唾。丁寧に調べていけばこの辺りの記録はきちんと残っているだろう。「記録がある」ということを除いて考えれば、縄文時代にだって、大陸を往来した舟に酒が積まれていたに違いない。
ところで旧約聖書・創世記には例のノアの方舟が登場する。
ノアと彼の妻と息子が洪水を逃れてアララト山の山頂へ漂着する。そこでノアは農夫となってブドウ畑を開墾し、ワインを造って自らの酒に酔っ払い、天幕の中で裸になった。見かねた息子が布で隠したという下りが確かあったとおもう。これをどのように解釈したらいいのか確かめようと、さっきから部屋の中で聖書を探しているが見つからない。きっと本の洪水にやられたのだろう。
ここで連鎖的に思い出すのが、日光東照宮の眠り猫を彫った左甚五郎の名。彼は左利きだったらしいが、この「左利き」を飲んべえに喩えるというのは有名な話。鉱山で金鉱を掘るときには右手には木槌、左手にはノミを持つ。で、そこから左手は「飲み手」が出たらしい。
ついでに云えば、武士は左手で盃を持つが、これはいざというときに右手で刀を抜くためだ。ただ酔っぱらっていたのでは、刀も抜けない。

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2009.3.21 静岡新聞


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