平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

『WESTERN ART BIBLIOGRAPHY 西洋美術書誌考』西野嘉章著(東京大学出版会)

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かの羽鳥、矢吹編集チームの巨大な仕事である。お二人による仕事は何度かこの脳内探訪にも記してきた。
http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/88.html
http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/191.html
http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/432.html
『WESTERN ART BIBLIOGRAPHY 西洋美術書誌考』西野嘉章著(東京大学出版会)。帯にはこう謳われている。「美術書の宇宙(コスモス)。16世紀初頭からフランス革命前夜までの古文文献書誌総覧」


恥ずかしい話だが、ここに登場する書物のほとんどをこの本で知った。レオナルド・ダ・ヴィンチの、アルブレヒト・デューラーの、マルクス・ウィトルウィウス・ポリウスの、それらは知っていたものの、他のほとんどは初見であった。それだけに大変興味深く、読み進めることができた。
著者の西野先生は1990年代のはじめ、フランスはアヴィニョンにあるセ・カノ図書館でエスプリ・カルヴェ旧蔵書、通称「カルヴァ文庫」に偶然に遭遇する。そもそもそのエスプリ・カルヴェ(1728-1810)は、アヴィニョンの有力な資産家であった。西野先生の語りをそのままお借りするなら、「(カルヴァは)旧体制の申し子であると同時に、当時の知識人の例にもれず、部類の美術愛好家でもあった。時代の主潮たるロココ趣味に誘われるように、古代から遺物や同時代の絵画を買い漁り、美術品の一大コレクションを築き上げたことで知られる。(中略)カルヴェの収集品は、没後、遺言に基づきアヴィニョン市に寄贈され、今日のカルヴェ美術館の中核をなすに至っている。(中略)事実、カルヴェの蔵書はユニークであり、面白い。検索カードを点検するだけで、カルヴェの知的好奇心の傾きが見えてきた。書目が歴史的にも、地理的にも、類い希な広がりを有していることはすぐに合点がいった。古典古代に係わるギリシア語、ラテン語の古書刊はもとより当然のこととして、キリスト教の神学、教会史から宗教、神話、歴史、哲学、法律、韻文、美術、寓意、自然誌、旅行、地誌等に至るまで、およそ考え得る限りの分野がすべて網羅されている。時代分布的にも、近代印刷術の誕生を告げるインクナブルから、十九世紀初頭の大型出版物まで、時代ごとにきちんと収書されていたのである。」
こんな書き方をして申し訳ないが、そこで西野先生は奮い立ち、滞在期間ギリギリまで粘り(最初の渡航目的は達成されたのか?)、そのときのメモと後の書誌学的考察から本書をまとめることに至ってのである。それは「著者・内容・本の成立ち・印刷・造本等を徹底して分析.その時代の芸術家・批評家・作家たちは,どのような書物を読んできたのか.流布の実態を探り,芸術や技術が継承されてゆく事実」としてまとめられた。膨大で地道な作業であっただろう。容易に想像がつく。しかも今回の上梓は「未稿のまま途中で投げ出されたものも多くあり」と尻えに記されているように、ここに記載されなった書物が数多くあることがわかる。それはそうだ、相手は資産家であり一流の知識人エスプリ・カルヴェの膨大なコレクションだからである。あとはこれに続く研究者の体力・知力とアヴィニョンにあるセ・カノ図書館のライブラリアンの持続力にすべてがかかっている。
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〈主要目次〉
◆緒言  エスプリ・カルヴェの「古文庫」から
第一部 序説
美術書誌学の射程
美術古文献の地誌
美術書誌学の課題

◆第二部 美術書誌学
テオフィルスと『諸技術提要』
マルクス・ウィトルウィウス・ポリウスと『建築十書』
レオン・バッティスタ・アルベルティと『絵画三書』
レオナルド・ダ・ヴィンチと『絵画論』
アルブレヒト・デューラーと『人体均衡論四書』
ジャコモ・バロッツィ・ダ・ヴィニョーラと『建築の五つのオーダーの規則』
アンドレア・パッラーディオと『建築四書』
セバスティアーノ・セルリオと『建築及遠近法全著作』
ヴィンチェンツォ・スカモッツィと『普遍建築のイデア』
ジョルジョ・ヴァザーリと『イタリアのもっとも傑出せる建築家・画家・彫刻家の生涯』
ジョヴァンニ・パオロ・ロマッツォと『絵画芸術論七書』
カレル・ファン・マンデルと『画家の書』
ジョヴァンニ・ピエトロ・ベッローリと『現代画家・彫刻家・建築家伝』
マルコ・ボスキーニと『絵画海図』
フィリッポ・バルディヌッチと『ディセーニョ教授の消息』
カルロ・チェーザレ・マルヴァシアと『ボローニャ画家伝』
ヨアキム・フォン・ザンドラルトと『高貴なるドイツ建築・彫刻・絵画芸術アカデミー』
アンドレ・フェリビアン・デ・ザヴォーと『古今のもっとも秀でたる画家の生涯と作品についての講話』
ヘンリー・ピーチャムと『ペンによる素描術』
ロジェ・ド・ピールと『画家略伝』
シャルル=アルフォンス・デュ・フレノワと『画論』
ジャン=バティスト・デュボスと『詩と絵に関する批判的省察』
アントワーヌ=ジョゼフ・デザリエ・ダルジャンヴィルと『もっとも高名なる画家たちの生涯』
ジャン=バティスト・デキャンと『フランドル・ドイツ・オランダ画家伝』
クロード=アンリ・ワトレと『美術実践辞典』
ジョナサン・リチャードソンと『著作集』
ベルナール・ド・モンフォーコンと『古代図説』
ジョヴァンニ・バッティスタ・ファルダと『現代ローマの景観における工作物・建築物の新劇場』
ドゥニ・ディドロとジャン・ル・ロン・ダランベールと『百科全書』

◆第三部 雑纂
フランチェスコ・コロンナと『ポリフィロ狂恋夢』
アンドレアス・ウェサリウスと『人体の構造に関する七書』
ロバート・フックと『ミクログラフィア』
ナポレオン=ボナパルトと『エジプト誌』
西洋近代の博物図譜
あとがき/人名索引


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