平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

静岡人 想い出のアルバム 〜新静岡センター

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新静岡センター 創業時(1966年 昭和41年)に関係者に配布された記念品。建物のカタチがそのまま時計のデザインになっている。



cen17  ↑ シンボルの時計台を仰ぐ cen5

新静岡センターの屋上から見る風景。向かって左の高い建物が静岡県庁。右側奧にちらりと見える赤い屋根とアンテナが静岡市役所。手前に見える水路は、駿府城の外堀。

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静岡人ならだれもが知っているこの施設 新静岡センターが、本日18時をもって閉店した。この施設と係わらずして静岡で暮らしてきた人はほとんど皆無だろう。その証拠に、新静岡センターなどと呼ばなくても、「センター」といっただけで静岡人にはこの施設のことだとわかってもらえる。
1966年オープン ビートルズ来日の年である。そうして2009年の1月31日閉店 42年と8ヶ月間の営業であった。この度(いったん)閉店の主な理由は施設の老朽化。撤退ではない。この経済状況下にあっても、このところずっといい数字をつくり出していた。2年と8ヶ月間だけ閉店し、2011年秋には新しい施設となって再登場する。いわば少し長めの冬眠というわけだ。
閉店となった黄昏時には、多くの市民が広場に集まりファイナルコンサートを楽しんだ。また閉店のライトが落とされるその瞬間を、デジカメや報道のカメラが狙っていた。この風景を目の前で目撃して、やっぱりセンターは静岡人にとって特別な場所だったんだなあと改めて実感した。

わたしは、仕事としてこのプロジェクトに係わらせてもらった。そうして、「またお会いしましょう We'll meet again」と締めくくった。別に誰に媚びたいわけでもない。それは42年間の、わたしからの施設に対する感謝の気持ちでもある。
N目さん、スタッフのみなさま、本当にお疲れ様でした。まだまだ続きます。




※いずれこの脳内探訪に、このプロジェクトでわたしのアイデアで実現できなかったことも綴ります。では We'll meet again またいつか花。

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↑ 元ピンクレディーのmieさんが2月1日の朝日新聞朝刊にメッセージを寄せていました。ピンクレディーは二人とも静岡市葵区出身です。


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