暫定的に真理である 〜KARL POPPER
中学2年生KYちゃんからメール年賀状をいただいた。本人の許可を取ったので、まずここにその内容をアップする。
「平野センセ あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。ところでお正月に届けられた分厚い新聞の束を読んで、益々時代は科学一辺倒、まっしぐらに突き進んでいるとおもえてなりません。そんなに科学ってすごいものなんですか。わたしたちは科学とどうつきあっていけばいいのですか。平野センセはどう思いますか。」
さすがKYちゃん。まことに示唆に富む疑問である。大人たちはまずこの疑問に対して襟を正さなければならない。こんな疑問を持ち、それを人にぶつけてくる大人はいったいどのくらいいるだろう。しかも彼女が文章で使っている主語が「わたし」ではなく「わたしたち」になっている点にも注意したい。ちなみにKYちゃんとは、彼女が中学の総合的な学習の時間の一環としてわたしのコレクションを見に来てくれたことがきっかけで、以来、一、二ヶ月に一度程度メールのやり取りをしている。先日駅のコンコースでいきなり平野に「対称生の破れ」とは何かを聞いてきた若き哲人である。このページ後半→http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/695.html。わたしもKYちゃんにお返事を書いたのでそのままをアップする。
「KYちゃん 今年もよろしくお願いします。いよいよ今年は中学3年生、すっかりおばあちゃんですね。おめでとうございます。歳を取るということはすばらしいことです。五十歳に近づくとそれがだんだんわかってきます(たぶん)。子曰く、吾十有五にして学に志し、三十にして立つ。四十にして惑はず、五十にして天命を知る。です。はい、だれのことばですか。孔子ですね。よろしい。あるいは平野センセが敬愛するヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの『ファウスト』の中のセリフ〈悪魔は年寄りだ。だから年寄りにならないと悪魔の言葉はわかりませんよ〉に歳を重ねることの重大さが潜んでいるのです。あ〜 年寄りってすばらしい(ちょっとヤケ)。
ところで、KYちゃんは相変わらず変な疑問を持つ中学生ですね(笑)平野センセはとってもうれしいです。KYちゃんが疑問を抱くように、科学の問題というのは大変悩ましいものです。去年はノーベル賞の影響でしょうね、本屋さんには相当数の科学本が並びました。それからこの不況のせいでしょう、ものすごい数のビジネス本が出版されたとおもいます(数えていませんが、絶対に間違いありません)。
さて、オーストリア生まれの英国の哲学者にカール・ポッパーというおじいちゃんがいました(残念ですが、もう死んじゃいました。「ポパー」と書いてある本もありますよ。ちなみにスペルはKARL POPPER)。批判的合理主義の立場で多くの発言をした人です。ポッパーについて詳しく知りたければ、図書館で関係本を探すか、担任の先生に突撃質問をしてみてね。彼は20世紀の始まり(1902)に生まれた人です。
そのポッパーがこんなことを云っています。
〈まず普遍的な命題を仮説として立て、それに対する反証が出てこない限り、それは暫定的に真理である〉と。要は、〈科学は常に仮説である〉ということです。わかりますか〜。さらにこの発言を注意深く読んで解釈すると、仮説であるが故に、普遍的命題といえども常に〈未来という射程〉を勘定に入れているということなんです。ここがとても大事です。哲学的に云えば、この射程には常に〈未来の他者〉〈未来の自己〉というものを含んでいるということです。今この瞬間はこれこそが真理、と思っているかもしれないけれど、未来の他者や自己が、これに対して異議を申し立てるかもしれなでしょう。それが〈暫定的に真理〉という立場なんです。だから自分たちだけで結論を出すんではなく、〈未来の他者や自己との合意〉をちゃんと含めて考えるということです。
平野センセはときどき、この脳内探訪の中で、〈過去の自分〉に対して○○しておいてくれて本当にありがとう〜 とい言い方をするんだけど、それってポッパーが云った〈未来を見据えた自己という射程〉を問題にしているってことなんです。したがって、KYちゃん、今目の前にある科学は絶対だ、なんて間違っても思い込まないように。教科書もそういった読み方をしてください。
さて、KYちゃんも今年は受験生。受験勉強も大切だけど、少し批判的にテスト問題を見てみるという視点も忘れずに。そこで役立つ本を一冊紹介しておこう。『知的複眼思考法』(刈谷剛彦著)。ここには、本や新聞やサイトを読んだりするときの参考になることがいっぱい書いてある。文庫にもなっているから、これはぜったに読んでおいてね。
それでは長くなりました。またメールください。今年もよろしくね。」
というわけで、未来の日本はけっこう明るいのである。これでいいのだ(なんともゴーインな締めくくり)。
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