蜷川実花やら鑑真やら
この暑さの中、エアコンなしの長袖生活。これで傘張りでもしていたら長屋の素浪人である。もっとも糊口の生活にはなれているので全く気にならない。
やることが多すぎるので一気に三冊の本を読んだ。矛盾した狂動に思えるかもしれないが、これは忙しいときの正しい時間の使い方である。この燃え上がるエネルギーを読書によって少しだけクールダウンさせながら原稿に向かおうと思っていたら、どうやら読書でエネルギーを使い果たしてしまったようだ。なかなか気分が乗らない。おかずとご飯の食べ方のバランスが悪かった、そんな感じである。ちなみにこの三冊は、既に何度も読み返している本で、以前のマーキングが高速読書を導いてくれている。ありがたい。本当に忙しいにもかかわらず、これらの本を読んでくれていた過去の「自分」に心から感謝したい。そのために新しい発見がいくつもあったからだ。読書とはそういうものである。
デザイナーT川さんと、静岡県立美術館の木陰のベンチで原稿の打合せ。彼女が持ってきてくれた炭酸水で喉を潤す(ほんとに、気が利くな〜)。暑いときには屋外の木陰に限る。天然のエアコンが気持ち良い。仕事どころではない。昼寝も良いな〜。いや、いけない、いけない。
おう、T川さんが使っているノートは蜷川実花デザインのジャポニカ学習帳ではないか。T川さんの話によると、蜷川実花は子どものころからずっとジャポニカ学習帳を使っていて、それを知ったジャポニカ側が蜷川実花にオリジナルデザインを発注したらしい。何がビジネスに結びつくかわからない。ちなみにわたしは「MOLESKINE」と「RHODIA」と「ツバメノート」の分厚いバージョンA4サイズを使っています(メーカーさんよろしくね・・・ただ言っただけです。ぼそっ)。
打合せの帰りにCDショップに立ち寄って(いつ仕事するんだ?)仕事場に戻ってまずはメールにお返事。さくさくさく(だんだん仕事モード)。そうして原稿書きに入るための「慣れない儀式」にと、頂き物の福梅本舗・梅酒を飲んだら、これまた良い気持ちになり、クールダウンのつもりが爆睡。う〜ん、まことに充実した一日であった。
と、ここまでが昨日の話。
きょうはあまり時間がないので(またか)、静岡県立美術館の「鑑真和上展」を観にいった。これも忙しいときの正統的な時間の使い方である。ただし、きょうは「鑑真和上展」だけでエネルギーを使い果たさないように、昨日の轍を踏まぬようにと。
鑑真和上は無事日本に渡航したときには既に両眼失明の状態だったが、薬につての知識が深く、匂いだけで薬の種類を言い当てた。聖武天皇の后が病にふせったときにもその薬を匂いだけで調合し、見事に回復させたと云われている。仏教のみならず、薬学に詳しく、建築にも造詣が深く、それらを日本に伝えるために命を捨てる覚悟で海を渡った鑑真の生き様は、知れば知るほどそのイメージとは逆に「静寂」に充ちているから不思議である。そうして彼(か)の鑑真像は、肩から横顔にかけてのラインが最高である。
既に唐招提寺の改修工事は終わっている。あとは鑑真像が戻るだけである。今回の展覧会を逃すと、もう二度とこの至近距離から鑑真像を観ることができないという話もある。この機会にぜひ。
そうそう、鑑真和上の次は「空海」ですからね、空海。来年は空海で何かがおきますよ。http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/522.html
夜は静岡大学の卒業生Aちゃんが誘ってくれたので、アサリのリゾットを頂きながら職場での働きぶりを嬉しく聞く。新人は何でもどん欲にやらないとね。
ときどき不埒なお客様から「脳内探訪なんて何の役にも立たない文章を書いている暇があったら、うちの原稿をはやくあげろー!」とお叱りを受けることがある。ごもっとも。だが、この際はっきり云っておくと、なかなかそうもいかないのである。言ってみればこの「脳内探訪」を綴ることはわたしが仕事に入るための儀式なのだ。ぐーんと発想に飛距離をつけるための準備体操なのだ。ビッグな仕事をするための(いったい、いつになったら?)孵卵器なのである。
通ーりゃんせ 通ーりゃんせ〜 こーこは どこの細道じゃ〜
蛙がなくから かーえろ
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