「幻肢痛」
◆大学生のとき、電車の中で変わった体験をした。
混雑する小田急線の中でわたしは背中を押され、腰を掛けている人たち前にぐいぐいと押しやられた。
すると、ベンチシートに腰を掛けていた六十過ぎぐらいの白髪のおじさんが声を潜めてわたしに囁きかけてきた。
「お兄さん、申し訳ないけれどそこをどいてくれないかね。足が痛くてかなわない」
わたしは、あわてて自分の足下を確かめた。が、もちろんそのおじさんの足を踏みつけているわけでもなかった。
するとその白髪が続けて何かを囁くので、わたしは更に前屈みになりながら耳を近づけた。
「以前、交通事項で片足の膝から下がなくなっちゃってね。で、今、お兄さんが踏んでいるところに元わたしの足の先があって、そこを踏まれているととても痛いんだよ」
わたしは慌てて、そこから飛び退いた。
あとからわかったのだがそれは「幻肢痛」というものであった。
以来わたしは、「身体の延長線」ということに非常に興味を覚えることになる。
武道にもそれによく似た感覚がある。
それはまた、時間のあるときにでも。
万有製薬のサイトから引用させて頂くと
「幻肢痛とは、体の一部(通常は手や足)が切断されたにもかかわらず、そこに痛みを感じるものです。これは幻肢感とは異なります。幻肢感は切断した部分がなお残っているかのように感じるもので、これはより多くの患者にみられます。一方、幻肢痛は四肢のどこかが悪いために起こるのではなく、切断面より上部の神経系に生じた変化が原因で起こります。神経の信号を、失った四肢から来た信号と脳が誤って解釈するためです。切断された下肢のつま先、足首、足が、または切断された上肢の指や手が痛むように感じます。この痛みは、締めつけられるような、焼けるような、または幻肢がつぶれた感じに似ていますが、それまで経験したいずれの感じとも異なる痛みの場合もあります。この幻肢痛は、時がたつとともに発症回数が少なくなる場合も、ずっと持続する場合もあります。この痛みにはマッサージが有効な場合もありますが、薬での治療が必要なこともあります。」
※参考になるテキストもある。続編も出ている。
※Y本さんから、あのエノケンもそうだった、という話をうかがった。「ないのにある感覚」「元空間を占有していた身体の生々しい記憶」というのは驚きです。
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