平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

『余は如何にしてカレー信徒となりし乎』

curry1


日本文化を広くみんなに楽しんでもらおうと精力的な活動を続けているSincere(シンシア)のメンバーNORIKOさんとMARIKOさんと、内村鑑三の『代表的日本人』を囲んでああでもない、こうでもないの団談。
Sincereの次なる芝居に対して、わたしがアドバイスできたことと言えば、「子供からきちんと」 そうして「手作り」 このいつもとほとんど「代わり映えしない」二つである。なぜ代わり映えしないか。それはわたしにアイデアがないからではない!!(ここにはあまり詳しく書けないが)この二つのキーワードこそ、あらゆる問題を解く鍵だと最近わたしは強く信じているからである。

Sincereはこのところ内村鑑三の『代表的に日本人』を軸足にしながら、それを芝居という形に再現してきている。わたしも二宮尊徳の回に呼んでいただき、東京は根津の公民館でワークショップをしたり、またある年にはメンバーとそのお仲間を対象に「わびとさび」の間に「文化の包丁」で切り込みを入れ、敢えて両者を分断してみせるというワークショップに遊んで頂いたりした。

「内村鑑三? あぁ、キリスト教のね。『余は如何にして基督信徒となりし乎』の著者でしょう〜。わたしブッディストだから関係ないわ」とおっしゃるおっちょこちょいな方ほど内村を熟読して欲しい。
日本が日清・日露と大進撃を続ける中、内村はアメリカに渡り、退廃したキリスト教に興醒めし、打ちひしがれて日本へ戻ってきた。そうして試行錯誤の末、日本流キリスト教を編み出していく。そのクリスチャン内村が挙げた『代表的日本人』の名を眺めてみるがいい。中江藤樹、二宮尊徳、上杉鷹山、西郷隆盛、そうして、日蓮の5人である。内村の、いや、日本人のキリスト教のベースにあるのが、なんと日蓮ですよ、日蓮。日蓮が日本流キリスト教の根幹にあるというのだ。わたしはキリスト教についても日蓮についてもけっして詳しいわけではないけれど、内村の「間(はざま)」の感覚だけは少しわかるような気がする(キリスト教と神秘主義の関係については、先日久木田直江先生のご著書で猛勉強した http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/466.html)。
何はともあれ 「Japan と Jesus」 この一見、水と油の「二つのJ」の間から、内村鑑三の云う日本流キリスト教が湧き出したところに注目したい。しかも『代表的日本人』は、最初日本語ではなく英語で書かれ、世界に向けて発信されたのだ。

ちなみにSincereの次なる芝居はラストサムライ西郷隆盛である。内村鑑三とSincereのダブルフィルターによって、ラストサムライ西郷はいかにして平成の世に生まれ出か。期待大、である。
http://yu-kari.mine.nu/~sincere/portal/

わたしはとりあえず『余は如何にしてカレー信徒となりし乎』なのである。満足。

curry2

curry3

現在地:トップページ脳内探訪(ダイアリー)

サイトマップ