平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

This is わたしが英語が苦手な理由

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戦場でカメラを回していたこともある田島さんというカメラマンのことをふと思い出した。
実弾が目の前を飛び交っていた戦場から戻ったそのカメラマンは、その後、資生堂の美しいフィルムを何本も回し続けた。わたしは、シンガポールに二回、タイ、マレーシアなどTV-CMの海外ロケに何度かご一緒いただいた。外見はどこにでもいる?腹巻き、ステテコ姿が似合うおっちゃんだが(すみません)、いざ、カメラを抱えると人格が変わり、ため息がこぼれるような美しい映像を切り取ってみせた。そんな彼の手にした広告賞はカンヌ映画祭のコマーシャル部門をはじめ、国内外とも星の数で当の本人ですら数え切れないだろう。
(当時田島カメラマンは東映CMhttp://www.toei-cm.co.jp/mt_fame/と契約して実に有名なコマーシャルをたくさん創っていた)

その田島カメラマンにはすばらしい特技がある。名付けて「ジス イズ(This is)コミュニケーション」。
理由を今から手短に話そう。

もう15年ぐらい前の話だが、シンガポールでTV-CMの撮影をしたときのこと、タイとマレーシアのモデル(ともに英語も日本語も通じない)に現地の通訳をかねたコーディネーターをつけた。そうしてわたしはそのコマーシャルのプランニングと演出監督を務めた。
このときの演出というのがなかなかやっかいで、タイ語とマレー語と英語が話せるコーディネーター(日本語は通じない)に、まずわたしがひじょうに危うい片言の英語で「(モデルは)こう動いて欲しい。こっちに動いたら、こういったアクションをして欲しい。台詞は・・・」と告げる。それをコーディネーターがそれぞれタイ語とマレー語でモデルたちに伝える、という演出を余儀なくされた。そのため撮影時間がいつもの三倍ぐらいかかった。それでも言葉が通じないのだから仕方がない。半分開き直って撮影を続けた。

どうだろう、それでも2カットぐらい撮ったころだろうか。平野のノロノロ演出にしびれをきらせた田島カメラマンが、自らモデルに向かってオーバーアクション交じりに声を張り上げた(こーゆーのを業界用語でカメラ演出という)。

「ジス イズ(This is) ここまで真っ直ぐ走ってこい〜!! もっと早く走れ〜!!!」
 
「ジス イズ ユーエスエー(U.S.A.) そこで笑え〜」(くどいようだがモデルはアメリカ人ではない) 

「ジス イズ そこでダンスだー!! ターンしろ〜!!」

と、どうだろう。最初は戸惑っていたモデルたちだが、何とその指示通りに動き始めたではないか。今まで汗をかきかき必死で慣れない言語を操ってコミュニケーションをとろうとして、それでもなかなか通じなかった演出が、田島カメラマンの「ジス イズ〜」(ちなみに全会話 ジス イズで始まる完全なる日本語)で、すべて田島カメラマンの思い通りに動いているのだ(本当の話である)。もちろん彼らには日本語などひとことも通じない。そこにいた約20人のスタッフ一同腰をぬかさんばかりに驚いた〜。
海外のロケの場合、現地のスタッフを使うことが多く、契約時間をオーバーすれば、その分だけギャラが発生する。その点ひじょうにシビアだ。しかも陽の光が必要なので、日中にしか撮影できない。必要なカットは撮らないわけにはいかないので、撮影時間がこぼれれば明日もう一日分のギャラが発生してしまう。しかも明日同じスタッフが集められるとは限らない。
だがこの日は、救世主・田島カメラマンのおかげで撮影は予定通りスムーズに進み、日没とともに無事終了した。

以来、わたしの中で田島カメラマンは神となり、英語なんか話せなくったって何とでもなるさという開き直りモードにスイッチが入ってしまったのだ。
その後、田島カメラマンが、カメラを捨てて『ジス イズ コミュニケーション』という本を書かれたという話は聞こえてこない。


ジス イズ 田島カメラマン、ぜひまたご一緒したいです。
ジス イズ 今後ともよろしくお願いします。
ジス イズ おやすみなさい。

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