平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

分かり合えないということを、分かり合う.

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 日本人がもっともよく使うことばのひとつに「おもしろい」がある(「日本人が」なんて書いておきながら、他の国の事情はわかりません)。
 「あの映画、おもしろかったよ」 「あの美術展?最高におもしろかった」 「あの本ね、おもしろかった おもしろかった」という具合だ。これを無自覚に連発する。「おもしろい」を一週間使わないで話してみたらどうだろう(「いろいろ」も実によく使われる便利で無自覚な言葉だ)。

 某区役所の待合いで大変「おもしろい」やりとりを見た。あー、しかし、実に「いろいろおもしろかった」。
 中年おじさん二人(といっても、ちょうどわたしぐらい)が、息を殺したようにわたしのいる長椅子の前で話をしているのに気付いたのは、ちょうど腰を下ろして五分ぐらい経ったころだろう。
 わたしはそのただならぬやりとりに、読んでいた『家事の政治学』から顔を上げた。
 刈り上げの方は紺色のジャケット、白髪の方はセーターという出で立ちで、カッコウからも何となく立場が見て取れる。わたしの真ん前だからイヤでも、話は聞こえてしまう。内容は、ほぼ以下の通り。脚色なし。


A(白髪)「そんな安全な立場から偉そうなことを言うなよ」
 B(刈り上げ)「安全な立場だからこそ、逆に言うと安全じゃないんだよ、そんなこと小学生じゃないんだから理解しろよ」
A「おまえはたいがいのことがあっても職場が守ってくれるじゃないか。ちょっと失敗したって、食いっぱぐれがないだろう。そこに甘えがあって、それにまったくおまえは気付いていない。〈おれはきちんと自分の立場をわかって発言しているんだ〉なんて言うけれど、それは単なるおまえの常套句だ。わかっているなら、そもそもそんな発言するな」
 B「立場をとやかく言うなよ。おまえだって、好きで今の立場にいるんだろう(※具体的な職場の名前等が出る)」
A「おれは、おまえが今の立場(※具体的な名前が出る)を離れて同じことを言うなら心から尊敬する。でも今のおまえはひじょうに無責任にしか見えない。何を言っても安全圏で偉そうに、もの申しているだけだ。はっきりって卑怯だ」
 B「(※具体的な件名諸々)おれはこの職場の職員だ。だから与えられた任務をきちんとやるだけだ。それが命令だし、それがおれの仕事だと理解している。それがなぜ悪い」
A「さんざん、ただで手伝わしておいて(※具体的な件名)終いにはこの待遇かよ。おまえはおれの仕事の何を手伝った。いつもおまえのフィールドだけでおれがただ働き、それでおまえはおかしいとは・・・・・・」


  ここまで話を聞くと(聞こえると)、わたしは区役所の窓口から声をかけられて席を立った。その後二人の議論はどうなったかわからない。二人にとっては「おもしろい」ではすまされない議論だろう。
 ふと、「分かり合えないと言うことを、分かり合う」という文化人類学の言葉を思い出した。

※写真は、偶然出会った光景。こうやって順送球のように上まで荷物を運ぶんですね〜。でも手が滑ったらどーするんだろう、とハラハラでした。 静岡市葵区

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