イメージの連鎖 〜フッサールとヨウジ・ヤマモト
哲人・フッサールには『ブリタニカの草稿』という興味深い一冊がある。彼(かの)ブリタニカ百科事典の求めに応じ「現象学」の項目を執筆したときの推敲の模様を記したものだ。その彫琢の痕が生々しくて実に興味深い。パソコン世代になった今、その思考の〈ふさくの痕〉がどこまで遺せるのか、はなはだあやしいものである。
かつて著名人の筆跡や痕跡をたずきとしている友人から、サルトルの方眼紙に書かれた原稿を見せてもらったことがある(確か『言葉』の未稿)。そこには思いの外のびのびとした文字が踊り、わたしがイメージしているサルトルとは別人格にも見えた。そうしてそれは彼が愛用していた金色のパーカーが目の前に浮かんでくるような生原稿でもあった。一緒に見せて頂いたアルベール・カミュの文字などは、ロココ建築の細部のような文字で、抱きしめたくなるほど愛らしかった。紙の余白の使い方ですら、カミュなのである。
最近はあまり着なくなったものの、〈ヨウジ・ヤマモト〉(山本耀司)のエンブレムは彼の手書きをそのまま採用している。きょう、内ポケットから名刺入れを出す際に、ヨウジのロゴが目に飛び込んできて、フッサールまで連鎖的にイメージがひろがった。