平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

どうなっちゃってるの、お母さん!!


 もう、きょうを入れると今年もあと五日である。大学はとっくに冬休みだ。しかし、わたしの授業に休みはない。きょうもふたつのグループと授業の課題の打合せをした。というか、冬休みに入って既に五つのグループと授業時間外に集合してもらって、企画を詰めている。こんな暮れもおしせまった打合せなのにだれも休まずに参加する。それどころか、九州に帰省する二年生がきょうまでそれを延ばして打合せに付き合う始末(今期はもう履修もしていないのにね)。気の毒である。申し訳ない。そうして、ありがとう。
 良いものをつくろう!そう思ったら、瞬発力でできる場合もあるが、やはり額を集め、膝を突き合わせて話すのがいちばんだ。それがグループワークである。
 きょうもある学生から平野の授業を履修したことで、ある職場に就職を決めたというメールをもらった。責任重大である。ただし、そういった学生にわたしが伝えられることは「何事も手を抜かない」ということだけである。

cafe

 
 打合せと打合せの間にちょっとだけカフェにエスケープ。明日生出演のラジオ番組のストーリーをざっと整理しておくためだ。
 そこへ二歳ぐらいの男の子を連れたお母さんが入ってくる。ちょっと喧しくなるかな、と思ったが、実を言うとわたしはこういったシチュエーションにはけっこう寛大な方である。少しぐらい子どもが騒いだって良いじゃないか。大切なことは、そのときお母さんがいかに子どもと向き合うかである。それを社会が少し広い心で受け止めてあげようじゃないか、というのがわたしの考えだ。
 だが予想に反して、男の子はとてもおとなしい。静かである。無口である。寡黙である。しかし、しかし、しか〜し、である。問題はここからだ。どう見ても三十過ぎのこのお母さん、携帯電話を顎と肩で挟み、ハンバーグを食べながら、子どもを抱えてのランチタイム(いや、らんちきタイムだ)。きっと元中国雑伎団の団員なのだろう。見ている方がハラハラドキドキである。そうしてこのお母さん、店を出るときには、置きみやげまで残していく始末。あの〜、ここはカフェですよ〜 他で買ったジュースの空をカフェのカウンターに置いていくって、どんな神経なんですか〜。けっして忘れていったんじゃありません。だって、子どもに向かって、ここに置いていこうねって間違いなく話しかけていたんですもの。
 カフェを出ると、今度は前の籠に赤ちゃんを入れたまま、道路脇に止めている自転車を発見(先ほどの親子とは別)。こちらの親御さんは、どこへ行ってしまったのでしょうか。わたしはその場から離れることができなくて、なんと七分も立ち往生。お母さんは両手にいっぱいのデパートの袋をもって堂々の登場。いったい、どうなっちゃってるんですか〜。

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