平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

読んだ読んだ 行った行った 観た観た  2007/12/08

katsu

 ○真夜中のNHKで『にっぽん心の仏像』を四夜にわたって放送していた。いとうせいこうたちの巧みな運びに、ついつい内三夜を仏像故に拝むように見てしまった。眼福に預かった小夜更方(さよふけがた)であった。
 コーディネーター役のいとうせいこうは、あんなふうに見えてベースの部分がかなりきちっとした人物で、実はもっと突っ込んだコメントをさせると本領を発揮する。キャラクターを考慮するなら、そんな番組の構成であっても良かっただろう。金子兜太との俳句対談は書物にもなっていて、これがなかなか読ませてくれた。
 もうひとり番組を牽引したのが「昴 SUBARU」で大ヒットを飛ばした大御所歌手である。かつての彼の猥雑なキャラクターしか知らないと、えっ、と思う発言をすることが度々あるとおもう。ちょっと注意しながら耳を傾けてみるのがいい。
 実は、ある十人程度の集まりで、この方とは何度かご一緒させていただいているが、なかなかなの勤勉家である。ある時、はたと自分の「不足」に気付いてコンサート活動を大幅に減らし、そうして、一日八時間も十時間も喫茶店に籠もって読書三昧。読んで読んで読みまくる「晴読雨読」生活、メモを取りながら、合計数百冊の本を読み切ったと云う兵である。本人ではなく、目撃者、しかも複数の方から聞いているので間違いない。わたしの僻覚(ひがおぼ)えでなければ、今は上海音楽大学の教授をされている。

 ○トイレと階段の上り下りで再読し終えた勝海舟『氷川清話』は、勝の門弟やファンたちが彼の声を拾い集めたもので、文藝を語る部分は少々物足りない感じもするが、なになに、世相を斬る眼は現代にもきちんと通じる部分が多い。 
 勝は、安倍川の先に山林をひとつ持っていて、それを学校にでも使ってくれと云っている。あぁ、それが当世の話ならまずわたしが手を挙げてみたかった。あんなふうにもしたい、こんなふうもしたいというアイデアがいっぱいあったのだが・・・残念。


 

 ○某放送局の注目のアナウンサーHさんからお借りしたマンガ『お父さんは心配症』(岡田あーみん 全六巻)を、ニヤニヤしながら一気読み。ただいま面白いところを再読中。
なんでもこの著者、早すぎた天才と呼ばれているようで、なるほど、ギャグマンガだからいちいちそんなふうに分析する人もそう多くはないだろうが、背景が多重に動いていて世阿弥の複式夢幻能のような手法も用いられているし、コマ割りのBクイックのような手法も披露している。あのさくらももこと、ひとつのマンガの中でコラボレーションしたりもしている。そもそもなんだろう、あの妙なタイミングで登場するキノコは(手塚治虫のヒョウタンツギとはニュアンスが違う)。そう、『お父さんは心配症』は膨大な手法を駆使した実験マンガなのである。それがまた昭和40年代の雑誌『りぼん』に連載していたというから驚きだ。間違いなく、岡田あーみんは新しい読者を発掘し、進化させた。続きを読みたいと思っても当のご本人は行方知らずときく。既にこの世にいないというウワサすらある。神秘性の高い漫画を更に神秘のベールで包み込む。


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 ○ここ数ヶ月で、実におおくの本、作品展、コンサート、朗読会、パフォーマンスなどを拝見した。ひとつひとつ感想を書き上げている時間がなくて申し訳ない。ひとつだけ、小さな、それでいて力強い作品展をメモ程度に記しておく。
知人の高部葉子のシャツの新作展はいつにもまして良かった。肩の力が抜けて、益々ラインやフォルムを削ぎ落とすことに成功している。矛盾する言い方だが彼女は、削ぎ落とすことに過剰なのだ。以前は「孕む」というテーマでわたしも一着仕立てて頂いた。次回は何をテーマにお願いしようかな。いやいや、次回はテーマなんて敢えて決めないでお願いしてみるのもいいかもしれない。発想を変えて服のテーマでなくて 発注する態度のテーマを設定する。「委ねる」そんな発注の仕方はいけないのだろうか。

takabe


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※今日現在、twitter上でつぶやかれている平野雅彦さんは、私平野雅彦ではありません。


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