平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

旅のお供は孝標の娘

kouyou


 十月からこの時期まで、とにかくひっきりなしに、みなさまから作品展やコンサートなどのお誘いをいただいております。なるべく足を運ばせて頂こうと思っていますが、仕事もバタバタしており、なかなか全部には顔を出せません。時間が少しでも空いていれば伺います。お誘いありがとうございます。

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 さて、新幹線は待ってはくれない!あわてて一冊の書物を掴んだら岩波古典文学大系の一冊 日記文学の巻であった。土佐日記、かげろふ日記、和泉式部日記、そうして更級日記の四編が納まっている巻である。ちょっと重たいので、外出にお供させるには不向きだが、とにかく選書している時間なんかない。あわてて鞄に詰め込んで家を飛び出し、背中でドアの閉まる新幹線に飛び乗った。   ふーっ  ふーっ
 あー、久しぶりに全速力で走ると足が絡んでうまく走れない。町内の運動会で大人たちがバッタバッタと転倒するあの感覚がよくわかる・汗。
 東へ向かって走る新幹線の車窓から、富士山のほぼ全景が見える場所まで移動したころ、やっと呼吸も整いはじめ、鞄から件の本を取りだした。やっぱり重たいな〜とちょっぴり後悔。 それでもパッと開いたら、そこはちょうど更級日記の扉だった。
 この日記の作者・孝標(菅原道真の五代目)の娘は、『源氏物語』、中でも浮舟に憧れる(浮舟を通して光源氏に、というべきか?)乙女である。あるとき、おばさまから思わぬプレゼントである源氏物語五十余巻をいただき、夜を日に継いで読みふける。たのしくてうれしくて、后の位なんかいらないというぐらい彼女は夢中になる。あ〜、わかるんだな〜、この感覚。彼女の全身で書物に向かう映像が、なぜか目の前に浮かんできて、わたしはこの下りを読むのが大好きである。ここに差し掛かると、何度も何度もこの文章を擦るように読んでいる自分と出会う。
 そうそう、このときおばさまから『源氏物語』以外にも、『在中将(ざいちゆうじょう)』『とほぎみ』『せりかは』『あさうづ』といった書物を一緒にいただくが、これら物語は実際に発見されていない散逸物語だ(『在中将』は『伊勢物語』の説有り)。
 え、もう東京駅。ということで半分も読めない(何度も読んでいるから先はわかっているけれど)。そのまま六時間も仕事で拘束され、帰りの新幹線に飛び乗って続きを読もうとしたら爆睡。次はジーニアス・紀貫之の『土佐日記』、数年ぶりの再読だ。すっかり火のついた平野であった。

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