塑する思考とは 2018/01/01
年をまたいでアートディレクター・佐藤卓『塑する思考』(新潮社,2017)を読む。
佐藤氏は、まず、柔よく剛を制すの言葉から、物事を柔と剛にわけて、その片方である柔は、更に「弾性」と「塑性」の二つの性質に分けられるという。どちらも柔らかさをいうが、その実態の違いを指摘する。弾性は、外部から力が加わっても、その力がなくなれば元に戻る性質。対する、塑性は外部から力が加わりその力がなくなっても変形したままの形を保つ性質をいう。佐藤氏は、これを生き方になぞらえ、特に「塑する思考」を肯定的に捉えるのである。
「塑性的であることは、社会の流れにただ身を委ねることでも、むやみに付和雷同することでも、ましてや世の中に媚びて流行を追うことでもなく、置かれた状況を極力客観的に受け止め、適切に対応できる状態に自分をしておくことことなのです。生命科学になぞらえれば、あらゆる臓器に変化する可能性を持つiPS細胞のような状態に。そこには意思がないどころか、今ここでなるべき形になるのだという強い意志がしっかりとある。世の中に流されない冷静な判断の下、自分が今なるべきものになる。やりたいことを、ではなく、やるべきことをやる、の姿勢です。塑性的であれば、やるべきことが、まさにやりたいことになる、と言い換えてもいい。」(p.60)
このことは万人に通じるところではあるが、モダンアートとは違って、デザインという基本的には発注を受けて仕事が始まるスタイルを通して、かつそこに強い意志を持って挑んで来た佐藤氏だからこそ、到達し得た考え方であろう。
佐藤氏は、力強くこうも言い切る。
「仕事では、今ここで何をなすべきかを見極めて集中する。自分にはこだわらず、次々に外から取り入れたにしても、塑する思考(をする自分)が保たれていれば、自分を失うことなどあり得ません。」(pp.59f.)
レベルこそ違えど、わたしの仕事ぶりもずいぶん塑するスタイルだなあと、強く共感を覚えた次第である。
それにしてもこの本、「デザインする。デザインしない。」「ほどほどのデザイン」「『便利』というウィルス」「『分かる』と『分からない』と『分かりやすい』」「構造と意匠」など、はっとする考え方の宝庫である。デザインの本というよりも、ものの見方、もっといえば、生き方の本と言っても過言ではない。
・佐藤卓デザイン事務所 公式サイト http://www.tsdo.jp
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