平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

「小村雪岱と資生堂書体」  2016/09/23

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資生堂アートハウスで開催中の「小村雪岱と資生堂書体 〜意匠部設立百年 文字に遊ぶ雪岱のデザイン〜」を観て、その仕事の質に思わず唸ってしまった。

資生堂意匠部(現宣伝・デザイン部)が誕生して、今年で百年を迎えた。日本画家としてつとに知られた小村雪岱はその草創期におけるデザイナーのひとりであった。その雪岱のいた意匠部が現在に繋がる、優美で力強く、しなやかで、かつ色っぽい資生堂オリジナルの書体の基礎をつくっていく(ベースになったのは宋朝体である)。わたしが雪岱を強く意識したのは、父親の書棚にあった泉鏡花『日本橋』の装幀画の仕事だった。たぶん中学生のときのことだ。美術のこともろくにわからないわたしも、それがとにかく美しいということだけはよくわかった。そのために小説の詳細は覚えていないが、装幀となった画はとにかく細部まで思い出せる。



本展では、小村雪岱の画とその物語のワンシーンを言葉として取り出して資生堂書体でデザインして二枚一組で並べて展示されている。

入口では、『おせん』(朝日新聞連載)の挿絵(1933 連載第43回)の横に資生堂書体デザインされた「怪しいもんぢゃねえよ」の文字が来館者を迎え入れる。言葉の温度、勢い、艶、関係性などが、オリジナルの書体で生き生きと再現される。これがメールなどでは表現しづらい「書体「の持つ力なのである。
他にも気になった作品をメモ程度に記しておくことにする。

・「江戸役者 墨田川」(1937 紙に墨)
川に浮かぶ花見の屋形舟の障子から盃を持った色っぽい手がにょきりとのびる。このシーンを資生堂書体で表すと川が途端に音を伴ってゆらりと流れ出すから愉快である。


・「灯影」(1940 木版画 高見澤木版社)
桜の影の落ちる縁側に膝を折って座る女性が描かれる。とにかく雪岱の線で描かれる女性は艶がある。『美人十粧』の内一葉である。その横に、資生堂書体で広瀬惟然(ひろせ・いねん)の句「どんみりと桜に午時の日影かな」が置かれる。


・「青柳」(1941 木版)
留守文様の三味線と小鼓とが描かれる。添えられた擬音「チントンシャン テンテケテン」が資生堂書体によって記憶の音を鳴らしてくれる。



ネットから簡単に新しい書体をダウンロードできる現在、デザイナーは、この百年の仕事に敬意を払うべきだろう。


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(↑)訪れた日は、たまたま雨。アートハウスの表に出ると水溜まりを打つ雨粒が、資生堂書体の読点「、」に見えた。

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(↑)緑の丘と一体になるように資料館がある。木々の影が建物の壁面に影を落とし、自然との一体感がさらに増している。




(↓)同時開催『三人の人間国宝による色絵磁器 〜第十三代 今泉今右衛門、第十四代 今泉今右衛門、藤本能道〜』

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