平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

痕跡と 消息と

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 29歳から31歳までの三年間、「線差万別プロジェクト」という会を勝手に立ち上げて遊んでいた。千差万別ではない。線差万別である。それは微妙な線の違いを見極める、といった程度の意味である。
 ルールは簡単で、参加者は葉書大の紙に、古今東西、名を成した人々のオトグラフを貼り付け、ひとり十枚程度持ち寄る。オトグラフ(outographes)とは、人々の残した筆跡・痕跡のこと。狭義には、サイン、手紙、原稿類をいう。それをみんなで、ああでもない、こうでもないと言いながら、誰の筆か痕跡かを言い当てるというゲームに興じるのである。
 全員で円をつくり、ある一枚を集中的検討する場合もあれば、あるときには香道のように、ときには茶の湯のように、円陣に痕跡を一巡させ、用意ドーンで意中の人の名を差し出す、といった遊び方もした。メンバーは10人ちょっと、ほとんどが関西の雅懐の友人たちだ。で、京都は祇園ホテルのスイートルームを二日間も貸し切って、齢・而立から従心までが夜を日に継いで遊んだものだ。

 お伽噺をこよなく愛したモーリス・ラヴェルの楽譜、カリギュラフィーのようなマリー・ローランサンの筆勢、今にもスペルとスペルが分断しそうなオノレ・ドミールの消息、野太い万年筆を大らかに運ぶカミーユ・ピサロの息づかい、当時これらフランス文化人たちのoutographesに強く惹かれていたわたしは、彼らにご登場頂いたり、あるいは東山文化の阿弥衆を担ぎ出しては参加者を困惑させた。
 一方で、参加者たちからは生まれてこの方聞いたこともない名前が乱打され、いくら考えてもわからないはずだと自分の浅学を恥じたものである。しかし、この会を通して、わたしは実に多くのことを学んだ。そうして今の考え方や方法の基礎をつくったのは間違いなくこの作業によるところ大だと信じている。
 そもそもこんなアホらしいことに時間や金を割く人など皆無だろう。
 たかだか一センチの線を引くにも、その人すべてが出る。わたしは、以来ずっと、線の虜である。

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