ただの悲しみではありません。美しさと幸福感をあわせもった悲しみなのです 2013/09/18
この9月の頭から「静岡大学アートマネジメント力育成事業」を進めているが、主催者という立場にありながら各講師の話を存分に楽しんでいる。
わたしが各講師のお話を引き取って最後にコメントをする役割を担っているが、事務局の役割とはいえ、こんな楽しいことを独り占めしてしまい恐縮に思っている。
つい最近読んだ、岩田松雄著『ブランド』(アスコム、2013.8.11)に、
「何が欲しいかなんて、それを見せられるまで分かるはずがない」(スティーブ・ジョブズ)といった言葉を見つけたが、このジョブズの言葉と、アートマネジメント力育成事業で講師の上利博規教授(静岡大学 人文社会科学部)が話された「芸術とは、見たことも聞いたこともないこととどう対峙するかという態度そのものだ。」(意訳)とを、重ねあわせて考えるきっかけとなった。
同講義で上利教授は、インドのラヴィ・シャンカルの次の言葉を取り上げて、「芸術とは、崇高なもの。有難いもの。」という単一的なものの見方に警鐘を鳴らされた。
「演奏中の精神状態は、胸に美しい痛みを感じます。言うなれば、大いなる存在を感じ、それに近づこうとするのに、どんなに手を伸ばしても決して手が届かない痛みです。とても苦しくて、心は悲しみでいっぱいになります。しかし、ただの悲しみではありません。美しさと幸福感をあわせもった悲しみなのです」。
痛みや悲しみの裡にある幸福感。この感覚が解らないと、文化や芸術と言ったものはさっぱり解らないのだとおもう。
ここで以前、脳内探訪に書いたこんな文章をもう一度見ておきたい。
せつない気持ち ~森本千絵さんの仕事(2011.7.18)
http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/1610.html
デザインに悲しみは盛れないか(2012.2.15)
http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/1713.html
静岡大学アートマネジメント力育成事業は、これまでに高松良幸教授(静岡大学 情報学研究科情報学専攻)、渋江かさね准教授(静岡大学 教育学専攻)、柳澤信芳教授(静岡大学 教育学部芸術文化課程)、宝福英樹教授(静岡大学 教育学部芸術文化課程)、川原崎知洋講師(静岡大学 教育学部芸術文化課程)、白井嘉尚教授(静岡大学 教育学部芸術文化課程)、杉﨑哲子准教授(静岡大学 教育学部芸術文化課程)、大岡淳 静岡県舞台芸術センター(SPAC)らの講義が既に終了した。どれを取り上げても、本講義のために特別に設えられた代え難い内容ばかりである。
◆話は逸れるが、先に挙げた書物『ブランド』は以下の言葉の引用で始まる。
「いばる男の人って、要するにまだ一流でないってことなのよ」(オードリー・ヘップバーン)
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