あなたにすべてを委ねます 2007/09/02
びゅーん 狂的なスピードで筆が進む。何かが取り憑いた感じがする。写真家・土門拳はこういう状態をさして、鬼が撮らせてくれる、と言った。パソコンを二台並べて、二種類の原稿を同時書きできそうな勢いだ(ウソ)。原稿、企画書あわせて三本一気書き。テーマさえ決まれば、あとはその憑きものを落とさぬように筆を走らせるだけである。よーし、どこからでもかかってこい!(意味不明)。
さて、一家言ぶる。
アートを前にしたとき、作家が「観るひとが自由に想像してくれれば良い」という言い方をよく耳にする。なるほど、根本的なことだがアートとは、そこから何を捉えようが、観る側の自由である。もちろんメッセージすら(敢えて)持たないアートがあることも知っている。それでもなお、わたしはここに若干の危惧を覚える。果たしてこの作家は、ものを創りながら、ほんとうは自身が伝えたいことがまだ見つかっていないのではないか。観る側にすべてを委ねるというロジックを隠れ蓑にしていないか。この文脈にすべて寄りかかっていないかと(くどいようだが、伝えたいことを“意識的に持たない”という仕方もある)。そうして、もっと罪なのは、そこを無意識にやってしまっているということだ。
こう考えるに至ったのは、ウィーン生まれの美術史家エルンスト・H・ゴンブリッチの次のような言葉に出会ったからだ。「絵画には複数の意味はなく、ただひとつの意味しかない」。この言葉はイコノロジーのパノフスキーの論文を下敷きにしたもので、イコール、現代アートに直接当てはまる言説でないことも、もちろん十分承知の上だ。ただ、すべてをあなたの見方に委ねるというアーティストの態度が、心のどこかにずっとひっかかり続けている。
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