アートの考古学者 K美術館 越沼正館長 2012/05/15
今や「牧村慶子」の名を知る者は少ない。一世を風靡した彼女のイラストレーションは、あまりにも膨大で、だが、大量消費の70年代80年代という時代の波に容赦なく呑み込まれていった。油絵から始まった彼女の創作活動は、画材の乾くのが待てなかったという彼女らしく、筆を水彩に持ち替えたとたんにターボがかかり、かなりの点数にのぼった。
今回K美術館で開催された牧村慶子展は、1936年生れの彼女にして初の個展であった。もっと言えば、越沼館長が回顧展を企画しなければ彼女の個展は永遠におこなわれなかったかもしれないのだ。
牧村慶子の個展は、これを契機に、沼津、東京銀座、何某かの美術館と作品の一部が入れ替わりながら巡回するようだ。アートの再発掘。こんなに楽しい発見もまた少ないだろう。今回は何よりも、K美術館の越沼正館長の手腕とそれをカゲで支えているUさんに拍手。世の中は、こういった人たちをもっともっと評価しなければいけない。
以前、巴里で行われたある作家の展覧会に同行したとき、そのレセプションパーティで、作家よりもそれを支えているパトロンに鳴り止まぬ拍手が寄せられていて驚いた。芸術とは本来、作家と同時にそれを見出した人物、育てている人物、そういった人々に同様の賞賛が寄せられるべきものなのだ。それでなければ、作家そのものがそこにいることすらないからである。芸術に歴史という厚みのある国ではそれがよくわかっているというエピソードだ。
『ガロ』で活躍した「つりたくにこ」という人物を再発掘したのもやはり、越沼館長であった。
http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/1362.html
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