平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

「捨てられない教材をつくりたい」 そう、ずっとおもってきた  2011/08/12

jyouhou10


『灘中 軌跡の国語教室』(黒岩祐治 中公新書ラクレ)のまえがきに、ビビビッと来た。


「東大進学率ナンバーワンを誇る神戸の私立灘中・高校。同校に50年在籍した伝説の国語教師、橋本武先生が98歳の今脚光を浴びている。 
橋本先生は、私にとってもっとも近い存在の恩師である。灘高の卒業生の大半は東大か、医学部へという中で、東大受験に失敗ばかりで二浪して早稲田に進んだ私は、橋本先生には心配のかけ通しだった。 (中略)
スローリーディングの詳細については本文に譲るが、その授業は文部省検定の教科書を一度も使用せず、中勘助作『銀の匙』を先生お手製のガリ版で刷った教材で中学校の三年間をかけて読み解くというユニークな授業であった。小説の中に百人一首が登場すればそれを覚え、カルタ取り大会に興じる。『銀の匙』の章ごとに自分でタイトルを付けてみる、作品の中に駄菓子の描写があると教室に駄菓子を持ち込んで試食会を開く、凧が出てくれば凧づくり、凧揚げ・・・まさに究極のスローであることは間違いない。
その教材は今も私の本棚に飾ってある。捨てられない大切な宝物だ。あの授業の中で学んだことが今の私のベースになっていると思うからだ。」



これはまえがきの一部ではあるが、取り上げた短い文章のなかに、考えなくてはならいことがたくさんつまっている。大学の教員のつくる教材は果たしてどうか。テクストが正しければそれだけでいいのか。ただ他の本の切り貼りを教材にしていないか。
わたしも「捨てられない教材」をたくさんつくってきたつもりではいるが、果たして学生たちの評価はどうか。もちろん教材の工夫だけではダメだ。考え抜かれた授業内容ときちんと連動してこそ生きた教材だ。授業の本番にも、その準備にも、時間をかける。手間をかける。惰性がいちばんダメだ。


この場にアップした内容は、その後ペンを入れる場合があります。
※今日現在、twitter上でつぶやかれている平野雅彦さんは、私平野雅彦ではありません。


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