極真空手は武道空手 2011/04/20
柴田師範から頂いた名刺(※写真は部分)には、そのちょうど真ん中に黒の帯が敷かれている。これはデザイン上のアクセントではなく、まさに空手の黒帯を表している。写真では見にくいが、右端(ちょうどお顔の下辺り)縦に五本のラインが走る。これは柴田師範が、極真空手の五段であることを表している。
FM-Hi(静岡コミュニティFM)の番組収録で 国際空手道連盟極真会館・全日本極真連合会大石道場 静岡南道場の柴田自由師範とパーソナリティーTJとお話しをさせて頂く。
内容は、4月16日、17日におこなわれた東日本極真空手道選手権大会の報告と武道空手極真会館の魂のメッセージである。
柴田師範のお話しには、打ち合わせの段階から大いに共感した。収録本番前から話題は既にピークに達し、それが下がることなくスタジオIN.
柴田師範は想像以上に物静かな人物だった。これは間違いなく、気を消しているのだと実感した。収録になり言葉を紡ぎ出す段になっても、とにかく物腰が柔らかい。決して過剰には語らない。誤解を恐れずにいえば、普通の人以上に普通にみえる。だがその実、武道空手五段の腕前、間違って飛びかかろうものなら、一秒とて立ってはいられまい。
放送は、きっと10分ぐらいに編集さてしまうだろう。だが、師範とのお話は一時間あっても二時間あっても尽きることはないだろう。対話は放送が前提故に仕方がない。続きは、道場か?!押忍。ありがとうございました。押忍。
放送は4月29日(金) 15:00から FM-Hi「GRANSHIP NAVI」で。
さっそく柴田師範の書かれた『武道から学ぶ 考える力』(日本文学館 2011/01)を注文する(届くのが楽しみである)。タイトルがいい。武道における「考える」とは、まさに稽古の「古を稽(かんが)ふ」である。それは愚直なまでに基本に忠実に振る舞うことである。師の真似に徹することだ。そこから型が身につく。型は空手の型だけの話ではない。生き方という「カタ」である。最初から、型破りなど絶対にない。「型」がなければ「型なし」だ。言い方を変えるなら「守・破・離」である。
●偶然にも柴田師範が3月11日のブログで、わたしの連載を取り上げてくださっていた。うれしい。押忍。
http://ameblo.jp/szkyokushin/entry-10827403381.html#main
●柴田師範のブログ
http://ameblo.jp/szkyokushin/
●全日本極真連合会大石道場 静岡南道場公式サイト
http://kyokushin.kir.jp/
●4月16日、17日の大会の様子(平野のブログより)
http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/1554.html
【追記】
今では古書でもほとんど見かけない大山総裁の『秘伝・極真空手』(日貿出版社)の正編・続編。なんと続編には大山総裁のサイン入り。
正編は昭和51年(8000円)、続編は昭和52年発行(7500円)。当時、お年玉を全部使って購入した。
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