静岡市美術館開催の『徳川家と静岡展』を鑑賞 2011/01/09
静岡市美術館で開催中の『徳川家と静岡展』を観る。2度目である。
特に慶喜公が撮影した写真の数々をまとめて観るのは1998年に静岡市で開催された『徳川慶喜と明治の静岡写真展 写された明治の静岡』以来である。
展示品でいえば、明治9年に静岡市(葵区)七間町で徳田写真館を開いた徳田孝吉による慶喜公の肖像写真を観るのも久しぶりだし、徳川慶喜撮影の「静岡猫ハン」や「天竜鉄橋」がものすごくいい。
ところで、この展覧会のタイトルを「家康と慶喜」と読むのか、それとも「慶喜と家康」と読むのか、そこを意識することは結構重要ではないだろうか。
四角形の箱組にされたロゴデザインでは、そこが明確には判らない。判らないのが逆にいいとわたしは考えた(記事やカタログの背では「家康と慶喜」と記載されている。展示も家康、慶喜の順の編年体で見せている)。
家康の築いた駿府静岡を慶喜がどう引き継いだのかと読むのか、それとも慶喜の政治施策や暮らしを通してそこに家康を重ねて見るのか、それぞれで歴史を見る見方が変わってくるからだ。
もしも観る者がそこを意識化できるという前提条件が整えば「家康と慶喜」か「慶喜と家康」の両方を提示することのメリットがあるとみたのだ。
もちろん両者を並記・併記して観ていく方法もある。いずれにしろ、せっかく両者がひとつの会場で観られるので、そういった「鑑賞の補助線」を観る者に提示してもいいのかもしれないと思った。
※古写真「天竜鉄橋」は、今回発行のカタログでは、そのタイトルが「天竜鉄橋」(茨城県立歴史館蔵)とあり、1998年の発行のカタログには「天龍川鉄橋」(茨城新聞社蔵)とある。両写真は同じものに見える。何某かの理由で写真の管理組織が移ったのか、それとも両組織が同じプリントを保管しているかのどちらかであろう。同じ写真でタイトルが違うということは、もしかすると両組織がそれぞれ同じプリントを管理している可能性もある。
museum shopをのぞいたら、友人nanoca design遠藤澄子さんがプロデュースした浜松注染(ちゅうせん)そめの手拭いがあったので、「紅」の一枚を購入。色目が大変に鮮やかでいい肌触りである。
※手拭いの色は、撮影条件が悪いため忠実に再現できません。ぜひ美しい現物をご覧ください。
この場にアップした内容は、その後、ペンを入れる場合が多々あります。
バックナンバーはここ↓から。「表示件数」を100件に選択すると見やすくなります。