やっぱりすべては「想定内」 2011/01/02
「いつも機嫌良くいる」。そんなアホなことができるものか。漠然とではあるが、わたしはずっとそう思ってきた(に違いない)。
不愉快なときには機嫌が悪い態度をとるのが当然。その方が自然体だし、そういう中でこそ物事をより鋭く観察(批評)する眼が育つものだ。そもそもガマンするなんて精神的によくない、と。
だが、昨年の暮れにも「なぜ人は怒るのか」で書いたけれど「すべては想定内」という余裕をもって生きることの大切さを強く感じている。
http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/1440.html
俳優で作家の鈴木いづみの言葉「バカが精神的になると人生論はじめるから、きらい」を受けとめながらも、「すべては想定内」でいたい。
その鈴木いづみはこんなことも云っている。
「怒りはわすれることだ。さもないと、自分の感情に報復されることになる」
鈴木いづみ『いづみ語録・コンパクト』(文遊社 2010.11.25)
http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/1449.html
【追記】
怒らない、機嫌良くいる、それは意見を持たない、ということとはまったく逆の態度である。それは「考える回路を増やす」ことである。思い込みに「とらわれない」「解き放たれる」ことである。
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