猫による雨乞いの副産物 2010/08/06
昨日は夕方から集まりがあり、この日初めて外に出てみたら、余りにも涼しくて驚いた。部屋と外気温との差は、おそらく6℃ぐらい。もちろん室内の方が高温だ(汗)。
500㏄計量カップ山盛りの氷も部屋に持ち込むと、ものの15分と経たないうちに跡形もなく消えてしまう。亜熱帯雨林型のわたしの仕事場に、妙なキノコが生えてこないか心配である。タイワンシロアリのアリ塚にしか生えない、生えてもその瞬間から腐り始める珍しいオオシロアリタケとか(笑)まあ、そのときには某キノコ博士と洒落込もう。
そういえば、朝日新聞にタイで約30年ぶりに猫による雨乞いが行われたという記事が載っていた(ひと月前の日本では雨乞いなんて言っている場合ではなかったが)。「猫が鳴き 雨を呼ぶ」という記事だ(2010.7.24朝刊)
雨乞い儀式の発祥の地は、東北部ナコンラチャシマ県。使われる猫はコラットという種類だ。記事によれば「猫を入れたカゴを担いで村内を巡る。村人が次々とカゴに水を浴びせかける。これを3日間続ける。耐えかねた猫の鳴き声が、雨を呼ぶという言い伝えだ」。何やら、猫は一日に5時間も水を浴びせられるらしい。
また、同記事によれば、アユタヤ王朝(1351-1767年)期に王の指示で制作された木版には23種類の猫がタイ原産として描かれているという。だが現存するのは、シャム、コラット、スパラート、ゴンジャ、カオマニーの5種類だけ。中でも絶滅が危ぶまれているカオマニーは、ラマ5世が特に有名にした猫だ。
そうそう、雨乞いの結果だが、みごと雨が降ったそうだ。儀式には村人が食べ物や飲み物を出し合って祈ったらしい。「雨はその後やんでしまったが、村が一つになる大切さを、猫を通じて再確認できた」と村長は語っていたという。
そうなのだ。雨乞いがもちろん真の目的ではあるが、こういうことが儀式として長く続いていた背景には、この「村が一つになる」という表裏とも言うべき副産物があったからだ、と文化人類学なら解説しそうな話である。
店員さん、すみません、ちょっと失礼して・・・
グラスの底に顔があってもいいじゃないか、といったのは太陽の塔の制作者・岡本太郎。
ただ、だらだらと飲まない。六人のテーブルのみなさんに、平野が次々とオーダーを出していく。その結果、六人が描いたイラスト。同じオーダーでも仕上がりはこれだけ違う。
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¥¥¥¥¥¥ アラブの王様気分 ¥¥¥¥¥¥
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酔ってますね。 いえ、飲めませんから。
まだ一年も経っていない?! 防水機能付携帯電話。充電口をセロテープで補修しながら使用。果たしてまだ防水か?
以前、脳内探訪にも書いたが、その裏にはこんな思想が・・・
「以前Audiというドイツ車に乗っていたときには、パワーウィンドが故障し、廃車にするまでの3年間、そのまま修理もせずに乗り続けた。修理代が(確か)5万円もかかるなら、その分で本を買ったり、誰かにご馳走した方がよほど有益である。で、その約1000日もの間どうしていたかといえば、料金所やドライブスルーでは、いちいちドアを開けて降りていくのである。雨の日は大変だけれども、ただそれだけのことである。いくらわたしがヤワだからといっても、多少肩口が濡れても溶けてしまうわけではない。料金所のオジサンや、ドライブスルーのお姉さんは「なんて親切で丁寧でジェントルマンなんだろう」、そうおもってくれたに違いない。あのハッとして、ポカ〜ンとした目は間違いなくそういった眼差しだった。いや、間違いない。」
今、沖縄にいます。
ウソ。日本平山頂から駿河湾を望む。差し込む陽の光で底が見えるようだ。
Sさん、ご馳走様です。冷やしていただきました。
Oさん、毎年ありがとうございます。おおぶりで甘いですね〜。
Kさん、ありがとうございます。生きていたら再会しましょう(汗) う、すこしシビレが・・・
たまにはだらだらと書いたっていいじゃないか 〜岡本太郎(談)
もちろん、ウソ。暑さのせいです。
これで、いいのだ。
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