平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

雑誌『暮らしの手帖』に大いに学ぶ   2010/04/22

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わたしの手元に『暮らしの手帖』の第一号がある(正式名称は『美しい暮らしの手帖』。昭和二十三年九月二十日初刷 昭和三十年二月十日八刷 発行 暮らしの手帖社)。
わたしは、何かで仕事に迷うと、この百ページにも満たない一冊の雑誌を開くことにしている。それは自分なりの一種の儀式である。
表紙を開くと、句読点のないこんな文章が待ち構えている。

これは あなたの手帖です
いろいろなことが ここには書きつけてある
この中の どれか せめて一つ二つは
すぐ今日 あなたの暮らしに役立ち
せめて どれか もう一つ二つは
すぐには役に立たないように見えても
やがて こころの底深く沈んで
いつか あなたの暮らし方を変えてしまう
そんなふうな
これは あなた暮らしの手帖です



これは発売以来、ずっと本誌に掲載され続けている文章なのだ。

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また、創刊号のあとがきには、こんな下りがある。

この本は、けれども、きっとそんなに売れないだろうと思います。私たちは貧乏ですから、売れないと困りますけれど、それどころか、何十万部も、何百万部も売れたらどんなにうれしいだろうと思いますけれど今の世の中に、何十万部も売れるためには私たちの、したくないこと、いやなことをしなければならないのです。この雑誌を、はじめるについては、どうすれば売れるかということについて、いろいろのひとにいろいろなことを教えていただきました。私たちには出来ないこと、どうしても、したくないことばかりでした。いいじゃないの、数は少ないかも知れないけれど、きっと私たちの、この気持ちをわかってもらえるひとはある。決してまけおしみではなく、みんな、こころから、そう思って作りはじめました。でも、ほんとうは、売れなくて、どの号も、どの号も損ばかりしていては、つぶれてしまうでしょうね。お願いします。どうか一冊でも、よけいに、お友だちにも、すすめて下さいませ。(旧字改め)

この前後にも、熱い想いがわずか一ページの中に詰め込まれている。
それに、売れて欲しい、でも売れないかもしれない。だから買って欲しいと読者に対して堂々とお願いする態度にも好感がもてる。
これを今の編集者はどう読むだろう。フロー情報ばかり垂れ流している編集者はどう受け取るのか。「何を一人風情が息巻いているのか。ちゃんちゃらおかしい。雑誌には、それぞれの役割があるのだ」、なんて発言は聞きたくない。そんなことを問うているのではない。態度の問題だ。
しかし、この文章を読むべきは、なにも編集の仕事に従事しているひとに限らない。こういった気持ちで仕事に向かうことが出来たら、どんなすばらしいか。
今回あることがきっかけで、改めて読み返してみて、やっぱり胸が熱くなった。


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